………日本は平和だ………しかし、世界は………観光だけでなく、もっとナマの世界に目を向けよう………………………

イラク・ルポルタージュ

  ここに記したルポルタージュは、イラク戦争直後、米軍占領下にあるイラク・サマワやバグダッドの現実を単身取材して、執筆したものである。イラク情勢はいま、最悪の状態だが、米軍による統治が決してスムーズにはいかぬだろう、ということは、2004年3月のこの時点で痛感したことだった。以下、ルポの一端を披瀝し、泥沼化したイラク問題を考える一助としたい。

第14回「危険度の落差」

 わたしも日本から直行したとすると、おそらくこんな感じだろうし、大体、イラクに行くという発想というか、度胸が出なかったと思う。たまたまタイミングよくアラブ社会を歩いていたから、東京にいる時よりも恐怖度に相当の「落差」があったのだ。
 パキスタン、アフガン、イラン、UAEなど、イスラム国家は、食べ物がほぼ似通っている。人々の服装も、あいさつも、顔つきも多少の差はあれ、同じである。イラクが危険とはいっても、アフガンでだって、数ヶ月ぶりというロケット弾に遭遇した。
 一方で、危険はどこにも必ず存在する。しかし、それは「点」なのだ。ところが、メディア情報に乗って、それが日本にたどり着くころには、バグダッド全域、サマワ全市が危ないという感覚で受け止められてしまう。仕方ないことかもしれないが、いわば、いつのまにか「面」に変化してしまうのだ。
 もう一つ、日本メディアは大騒ぎしているが、イラクにあって、サマワに駐留する自衛隊自体の存在が希薄なのだ。イラッキの中には知らない人も相当にいる。それはそれで大変結構なことだけど、自衛隊員は銃器で威嚇するようなことがない。
 「俺たちって、後方支援部隊か?」とわたしが隊員なら、そう思うかも知れない。それほど危険度が低い地域で作業をしているということでもある。自爆だ、テロだいうけれど、陸自宿営地の現場を見たら、そんなことはまず不可能と一見してわかる。
 一般国道からそれて、くねくね道路に入っても、宿営地自体がまったく見えないほど遠くにある。攻撃されるとすれば、ロケット弾、迫撃弾が最も想定されるところだ。それがないとはいえないが……。
 逆にいえば、今の状況ならむしろ、NGO活動は無理なのか、と発想したい。平和的手段を用いた方が、武力的な事件の歯止めにもなる。無理ではない、と思う。給水だって医療だって、物資の運搬・配給にしても、民間の方が手段も知恵も優っているのだ。 もし、ブッシュ政権がこんな発想を少しでも持っていたら、状況は大いに異なったはずだ。
 
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何を思う警備の自衛隊員

イラク人道復興支援特別措置法を読むと、自衛隊の派遣にあわせて、地方自治体や民間から広く人材を確保して、「イラク復興支援職員」に任じて、現地に赴かせることができると規定しているが、治安が不安定なため、派遣を見合わせているという。
 発想が逆だ、と言いたい。軍だからテロを呼ぶのだ。民間団体の中に、自衛隊を含ませる特別措置でもよかったではないか、とさえ思うのである。
 よく考えてみよう。「サマワは危険。危ない」と声高に叫んでいるのは、よく考えると霞ヶ関周辺だけではないか。メディアがそれを伝えて、サマワに逆輸出され、さらにまた日本へ逆送されて、危険度が実態以上に膨らんでいるのではないか。
 サマワの人たちに問いかけると、「どこが危険なんだ」と怒るだろう。今の状況ならまだ救えるのだ。自衛隊員自身も、危険に遭遇したことがあるか、と問われたら、1度もないと答えるだろうし、正直、拍子抜けしているのでは、と思う。
 はっきり言えることは、このイラク、いや中東圏内で、米国の信用のなさである。米軍が前面に出てイラクを治めようとする限り、血の報復が途絶えることはない。米国と聞くだけで首を横に振る男たちは多い。今ならまだ再考の余地があるのだが。そう思わない日はない。
 いまホテルでこれを書いている。蚊がブーンとやってくる。こいつに難儀しているのだ。朝、目を覚ますと、あちこち刺されている。窓に隙間があって、明かりをつけっぱなしにしているので、入ってきて刺すらしい。
 退屈したので蚊退治に乗り出した。壁は真っ白である。ノートを片手に、黒い点を探し回る。いた、いた。ばちっとたたくと、壁に遺体が押しつけられ、壁が鮮血で染まる。このヤロー、って感じだ。
 町に出て蚊取り線香を探して30分ほど歩いたが、どうやらイラクにはないようだ。かわりに、インドのお香を買ってきた。デング熱の発病だって考えられないことないから、あまり刺されるわけにはいかない。困り果てていたら、大リュックの奥に殺虫剤があったことを忘れていた。
 よおし、これだ、とスプレーを押し続けた。日本製はよく効く。どこからともなく酔っぱらったみたいにふらふらになった蚊が、のろのろ飛んできた。そいつにまたシュッとやった。天井に舞い上がった。
 そこにクモの巣があって、おそらく夫婦だろう。仲良く2尾暮らしている。直径10aほどの巣を遠慮がちに張っている。そこにふらついた蚊がはまったのだ。かみさんか、旦那かわからないけれど、さっと襲った。おい、そいつは毒を含んでいるぞ、と言っても手遅れだ。時刻は夕刻5時すぎである。 
 「あんた、きょうはうまくいったね。ごちそうで晩酌だね」
 と言ったかどうかわからない。蚊は消えていた。その1・5メートル下で、ジョニ黒で晩酌が始まったことは明確な事実である。天井を見上げると、2尾とも穏やかに生きていた。

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