「強盗も多いから、気をつけろ。腕時計なんかすぐやられるぞ」 クエートの水タバコ屋で、おやじさんたちに散々おどされもした。 「your name?」 「hassan」と答えた。「OK。サラーム。my name is…」と自己紹介すると、ハッサンは車を停めて助手席に乗れという。ははーんと感じた。こっちがハッサンを信じてないのと同じように、ハッサンも見知らぬ日本人を信用していないのだ。後からガツンとやられることがあるから、客はまず助手席に乗せる、と以前、ニューデリーで聞いたことがある。助手席に乗り移って、改めて握手した。 そこで、バッグから手作り日章旗を取りだした。前夜、クエートのホテルでFAX用紙の白地に、コーヒーカップで日の丸をかたどって、赤ペンで塗りつめ、即席日の丸を作ったのだった。なにかの時には、これを出そう。それでやられたたら、仕方ねえだろ、とそんな感じである。 突然、ハッサンが手拍子を打って、異常に反応した。 「japan good」 なんとそれをフロントガラスに向けて、粘着ゴムで止めて、外から見えるようにしたのだ。片側3車線の高速道並みの道路を突っ走った。車線は中央高速道などよりよほど走りやすい。 山も何もない荒涼とした原野だ。松の木のような低木がところどころにある。水たまりもある。羊の群れも見かけた。遠くに油田の炎と煙がたちのぼっていた。傷だらけで、でこぼこの車体を揺らして走るローカルバスも何台も追い抜いた。どのバスも黒い目隠しがしてあって、乗客の様子は見えない。 ハッサンが早くも6本目の煙草に火をつけながら、ラジオをつけた。なんとアメリカの放送だ。米軍が流しているのだろう。しかも、かかった音楽に仰天した。「hotel carifolnia」である。ハッサンは、ハンドルを軽くたたきながら、手拍子をとっている。時速120`。もっともメーターは100と120の間をぶるぶる震えているが、体感スピードは軽くそのぐらい出ている。 ハッサンがピードを落とした。米軍軍用車の長い車列が前方に見えた。最後部のジープの荷台には、銃を構えた若い兵士が立っている。銃は水平に構えられている。なんと、ハッサンはそこで、ラジオのボリュームをあげ、日の丸を指で示し、かざして見せたのだった。それで、彼があんなに異常な反応を見せたか、その謎が初めて解けた。 誤射される恐怖をハッサンも持っていることがわかった。確かに、我々よりイラク人の方が怖いだろう。瞬間、米兵が微かに微笑んだように見えたが、その表情は硬い。彼らも怖いのだ。早く帰国して、女の子とディスコでも行きたいと思いつつ、立っているにちがいない。車列は40台にも及ぶ長さだった。白昼からライトをつけている。一定間隔で銃装備の兵士が荷台に立っていた。 対向車線には、原油を満載したタンクローリーがひっきりなしに行き交っている。イラクの原油は、イラク戦争前の8割ほどまで復旧したという。イラク戦争を仕掛けた米英軍の狙いの1つが、この石油戦略にあったことは否定しようがない。クエートから日本にも運ばれていくのだろう、と思うと複雑な気持ちになる。
トマトや穀物を満載したトラックを次々に追い越した。マットや家財道具を積んだ引っ越し車もずいぶん見かけた。難民が帰ってきているのではないか。 「みんな、バグダッドに向かってるんだ」とハッサン。イラク南部は、イラッキの胃袋を支える農村地帯であり、国の財布にもなる油田地帯でもあり、首都とは直結している。 レンガと藁でこしらえたあばら屋の売店が道路脇に立っている。 ハッサンが車を停めた。おごるからなんか飲めという。コーラというと、店の若い者が奥の箱から青い缶を取りだした。ペプシコーラは結構、冷えていた。 イラク第3の都市バスラの手前で道が分かれ、一般国道に入った。2人でビスケットをかじりながら延々と走り続けた。荒野で並んで、立ち小便をした。(つづく) バックナンバー
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