【トラフィッキングの核バンコク】

 インドネシアで見られるこうしたtsunami・トラフィッキングは、タイやスリランカでも、同時並行的に進んでいる。スリランカでもすでに数百人の子供の行方がわからないとユニセフは警告している。タイ南部のカオラックやプーケット島、ピピ島でも、多数の孤児が発生したが、アジア有数のリゾート地であるこの一帯には、売り飛ばされてきた少年少女が多く、今度の津波で犠牲になった子も多いという。
 島のビーチで、西洋人を誘う光景は日常的に見られていた。いわゆるベトファイル(小児性愛者)が多く集まり、十代の幼い少年が働かされているのだ。ミャンマー国境に近いラノーン県一帯も大きな被害が出たが、ここにはミャンマーの山岳地帯から売られてきた少女が、漁船員やツアー客相手の売春宿で働かされていた。
 その死によって、空いた分をまた供給するシステムが、すでに存在する。バンコクをアジア・トラフィッキングの「ウオール・ストリート」と表したNGO関係者がいた。東南アジアから多くの子供たちが売られてくる。日本人ツアー客の歓楽街といわれるパッポン通り。そこには裸同然で踊らされる女の子たちのディスコが並ぶ。客の八割は日本人である。一杯八十円のコーラをおごると、ステージからその女の子たちを下ろし、そのまま二階のベッドやホテルに行くことも交渉次第だ。その子たちは指名がなければ、ただでさえ少ない基本給を下げられる。インドネシアなどでの取引価格は、五百ドルから三百ドルと聞いた。バンコクでは、さらに値が付く。
 津波はアジアの人身売買市場を一気に刺激した。戦争やテロに株式市場が反応するように、この闇の市場も未曽有の天災をビジネスチャンスとしてとらえている。バンダアチェの子供たちが狙われるのは、必然なのだ。
 玉井桂子氏は「人の密輸は、麻薬や銃の密輸に比べて、リスクが小さい。子供は運びやすく、コストはかからず、麻薬犬も吠えはしない。しかも、人間は成長するにつれ付加価値が増し、一つの商品として半永久的に利益を生み出せるのです。マフィアがそれに目をつけ、シンジケート化して国際的に暗躍しているのが今の実情です」と指摘する。

 
【日本の責任】
 国内ですでに津波は、遠くに置き去られようとしている。豊かな暮らしを満喫する国では、サッカー・ワールドカップ予選の日本代表チームの動向に、関心が向きつつある。ワールドカップ予選などに使用される高級ボールは、パキスタン・シアルコットで子供たちが手縫いしたものが使われるケースが多いという事実を、我々は知っていただろうか。子供の手のひらが、手縫いに適しており、学校にも行かず、子供たちが一日中、針を手にし、小さな手のひらを腫らして血で染めている。
 横浜・福富町には、タイ女性の売春宿が軒を連ね、新宿・歌舞伎町、大久保一帯は今や、国際的歓楽街としてアジアに勇名を馳せている。タイ出身とされる女性だけで国内に八万人という。そのうち五万人以上が非合法の滞在だ。タイ駐日大使館には助けを求める女性が後を絶たない。国籍がタイ出身とあっても意味はない。出生証明書はなく、偽造パスポートで原籍はすでに消えているのだ。市場は十歳未満女児を求めている。エイズ感染の危険性が少ないからだ。だが、子供は感染しやすく、免疫力がないため死亡率も高い。そこをまた穴埋めする地獄の図式である。
 日本は間接的にこれらの問題と関わっており、それが目に見えた形でさらされてないだけなのだ。それどころか、米・国務省は「日本が人身売買の対策に不十分」と、加害者視して注意を促している。トラフィッキングと日本の関係を考えると、@国内に入国してくるA日本人が介在するBアジア各国で日本人関与するーーの三ケースがあるが、そのどれにも日本は関与している。
 さらに、IT社会の発展は、児童売春、レイプなど性的搾取を対象にした情報をボーダレスに流すようになり、隠れたベトファイルの増加は、奈良の小学生女児殺害事件に見られるように犯罪に直結している。
 児童の人身売買問題は、一九九〇年代から国際問題化するなど比較的新しい。日本政府もようやくこの問題に本腰を入れ、外務省は二〇〇一年十二月、「児童の商業的搾取に反対する世界会議」(通称横浜会議)を、ユニセフや国際NGO関係者などと共催、児童売春などの犠牲者は、犯罪者ではなく、あくまで犠牲者として扱うことなどを確認する横浜コミットメントを発表した。アジアの人々が、あこがれの国・日本に向ける熱い視線、尊敬のまなざし……海外旅行熱の高まりとともに、アジアを旅した多くの人たちは、そのことを感じるのではないか。
 日本は今回の津波被災で、世界最多額の五億ドルの支援額を拠出、自衛隊本隊や医療チームの救援活動は、バンダアチェ現地で地元の人たちに言葉にならないほど感謝されていた。イラク戦争などと違って、民間NGOとの協調が海外でスムーズに運んだケースとしても、今後の海外救援活動のよき道しるべになった。そうした中で、天災がもたらす新たな人災・児童のトラフィッキングという「負の側面」を忘れてはならないのではないか。
 メダンのアチェ・スパカット基金会・ヤコブ副会長の言葉が忘れられない。
 「実は、日本とアチェ州は、歴史的に深く関わっています。太平洋戦争時の独立戦争の時、アチェの軍隊はシンガポール駐留の日本軍に支援を依頼し、その力で我々は独立を勝ち得たと感謝しています。そのことを我々は忘れていない。今、またこの戦争に比す悲劇に、日本人の力を得たことは、tsunami・generationに引き継がれていくだろう。そのためにも子供たちを守っていかなければならないのです」
                 止め

ルポ 子供たちを襲うトラフィッキング危機を追う 第4回