第9回「バグダッドのテロ現場」

 この後、バグダッドの現場に向かった。荒野の1本道を時速160`で吹っ飛ばす。バグダッドの市内にはチグリス川が大きく蛇行しながら流れている。市内に入ると、あちこちに米英軍による爆撃跡があった。
 その1か所に車を停めて寄った。こんな住宅地の真ん中に爆弾を落としたのだろうか。3階建ての建物が壊れて、巨大な外壁の一部がコンクリート片と一緒に、道路端に積み重ねられたままになっている。
 写真を撮ろうとしたら、銃を携行した若い警官が「no no」と叫びながら近寄ってきた。顔の前で両手を交差させながら、写真を撮るな、という。  「why?」と反論した。いや、ここはダメだ、と指さす方向はすぐ真ん前にあるレンガ工場だ。爆撃跡地はその隣である。
 「いや、写真を撮りたいのは、こっちだ。Amerikan army bombだ」
 警官がにやっとした。なんだ、そうならそうと言え、と言うなり、肩に手をかけ現場に連れていってくれた。通行人の整理までしだす始末だ。
 「こんな所に爆弾を落とすんだぞ。クレイジーだ。信じられるか」
 そんな風なことを言った。撮影を済ませると、車に戻った。
 市の北部をめざしている。バグダッドの事件現場は、kazimiyahという所らしい。そこに着くと、モスクから相当離れた所で交通規制され、車は入れない。大型バスが何十台も停まっていた。上空を米英軍の軍事ヘリが2機、手が届くような低空を旋回して、パトロールしている。
 首都の巡礼地だけに、大混雑していた。カルバラに比べると、警備が二重三重に厳しい。鉄条網で通りをふさぎ、端の方から少しずつしかモスク方面に向かえないようにしてある。屈強な男たちが通りをふさいで立っており、通過する際、両手で上半身から下半身までボディチェックされる。わずか3b先でチェックするほど神経質だ。
 3回目のボディチェックで、パスポート提示を求められ、コピーを提出した。ドライバーも身分証明書の提出を求められ、警備の男はそれを持参して、近くの事務所に行き、上司にでも了解を求めにいったのか、その後、その男に引率されて、モスクに向かった。大通りを右折した。しつこくボディチェックされる。すでに5回ほどやられた。
全身をくまなくチェック
 見知らぬ来訪者には、男たちの警戒の目も厳しい。そのたびに、引率の男が説明して進む。引率の男はさきほどまでボディチェックしていたのに、今度はチェックされている。
 8回のチェックの後、モスクわきにある建物の中庭に連れていかれた。シーア派の事務所だ。目の前で記者会見が始まった。女性記者が幹部の言葉をメモにとっている。その姿は日本の記者とそっくりだ。中年男性の1人はテープレコーダーを幹部の口元に向けていた。前日の事件についてしゃべっているのだが、何を言っているのかわからない。
 会見が終わると、その女性記者が「ジャパニー」と何度か口にして幹部に訴えていた。「日本人がここにいるのはおかしい。出て行かせろ」と言っていると聞いて、驚いた。こちらがジャーナリストであると知っている。メディアの競争か、いや、そうではなく、宗教的な理由だろう。
 その後もまた、待たされた。ここにも多くの信者が入ってくる。何か手続き的なものを一括して扱うらしい。掲示板には人がたかって、深刻な表情で見ている。事件について、シーア派の見解を明らかにしているという。
 いつまでたっても埒があかない。女性記者たちは中に入っていった。ここからモスクに行けるのか。ドライバーらが何度も事務所の中に入っていき、やっと下った結論は、「やはり外国人は駄目だ」ということ。
 その前から雰囲気がおかしくなりかけたので、デジタルカメラからカードを撮りだして、財布の中のお札にくるんで隠した。ダメとわかれば、長く居とどまる必要はない。ドライバーを促して、出ていくことにした。
 結局、事件現場の近くまでやってはきたが、何1つ触れられなかった。ただ、テロでピリピリした現場の雰囲気は、嫌と言うほど味わわされた。

《検問ヒヤリ》
 バグダッドからサマワまで300`はある。夜間の通行は危険だから、日没前にサマワに到着しなければならない。腹が減ったので、街の食堂に入った。大豆を肉汁で煮込んだスープにご飯、ナンが出た。肉は入ってない。イラクの食糧事情は相当に悪化しているようだ。
 1ヶ月前、アフガニスタンに寄った。カブール中心部を貫くカブール川河畔に、市(マーケット)が立つ。援助物資の横流れだろう。電気製品から文房具、衣服、道具類まで、ありとあらゆる生活雑貨が並んでいる。ミカンと幾種類もの干しブドウ、ピーナツなど豆類の即席スタンドも立っている。肉類は豊富だった。羊やチキンを焼いて振る舞う食堂がかなりあった。
 イラクでは、肉類が豊富でないようだ。ヴェジタリアンが多いから、外国人ほど不自由しないのだが、長い間の困窮生活で経済は疲弊しており、食料事情も国際制裁によって相応悪化しているという。
 食事を終わると、チャイを飲んだ。店の前でワイングラスより小さなグラスに、小さじ2杯ぐらい砂糖を入れて飲む。気温は37度ぐらいに上がっていた。チャイも熱い。それが結構、いい感じで、おかわりした。
 また高架の高速道に上がって、吹っ飛ばした。バグダッド市街地への入口で大規模な検問があった。警官に制止された。パスポートの提示を求めた後、助手席のわたしの方に来て、窓から手を差し込んでバッグを調べだした。カメラに触れると、ドライバーに「どこへ行ったのか」とたずねた。嘘を言うわけにいかない。すると、警官は「カメラの中に映っているものを見せろ」と迫った。
 焦った。ここで、カルバラの惨状を見せたら、没収されるのは目に見えている。それどころか、カメラも取り上げられる可能性がある。警官は窓から顔を突っ込んでおり、わたしと30aと離れていない。
身を乗り出す警官
 バグダッドのモスクを出た後、カードを再挿入し、さきほど石油プラントのものすごい煙を見たので、それを高速道から撮影した。それだけは見せる以外にない。
 その後、左の矢印を押せば、バグダッドやカルバラの現場写真になる。しかし、右のボタンを押すと、我が家で飼っているベイブと一休という、ラブラドール・レトリバーとロシアンブルーのペットの写真になる。そちらを回した。途中で止めて、これで終わりだ、と言った。
 すると、警官はすぐに立ち去り、上司を呼んで来て、もう一度、撮影現場を示せという。その瞬間、ドライバー氏が車から大袈裟に飛び出して、2人に駆け寄って、大声で話しかけた。その隙に、カードをあわてて抜いた。
 2人が向き直って、カメラを渡せという。撮影した写真はもう出るはずがない。
 「おかしいじゃないか」と迫ってきた。
 「これだ。電池が切れたんだ」とバッテリーの蓋を開けて、抗弁した。上司はしきりにカメラをいじくり回している
 「何を撮ったのか、おまえは見たのか」と部下に確かめている。
 「油田の煙、それに犬とか猫……」
 そこへ若い警官がその上司を呼びにきた。彼はカメラをドライバーに手渡すと、向こうに立ち去った。ドライバーはそれこそ逃げるように、急発進してその場を立ち去った。
 確かめてみると、大袈裟に車外に出たのは、バグダッドのモスクでカードをはずし、「没収されたら、かなわんから、抜き取っていたんだ」と笑って見せられていたので、抜き取りの時間をセットしたんだという。思わず握手した。
 「good。Very good」
 日本なら「一杯、おごるよ」ということになるのだが、彼は一杯も酒は飲まない、敬虔なシーア派の信者なのである。
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